食い物日記番外編 香港逃避行 2006
2/25 ともかく乗る!(^_^)V
二日目の朝が来た…やや日差しがさしている?今日は晴れか?(^_^;
朝食も取らずにいきなり出発…街はさすがに閑散(^_^;
シャツの中には貰ったこんなTシャツ(^_^;
さて、この模様と香港の関係を知っている人はどれだけいるかな?
とはいいながらも、これに現地の人に反応されても困るで
隠し気味にしてたりしてましたが(^_^;
ホテルから油麻地駅までは前述の通り歩いて十分くらい。
ネーザンロードに入ってしまえば、かなりの人込み。
地下鉄の入口から地下へ入る。
流石に、ホテルの近くは覚えた(^_^;
チケットは11HK:160円也(^_^;
路線図のボタンを押すと金額が表示されるので
確認してから金を入れるだけ。出てくるのはカード。
改札は台湾と同じで、カードを入れて出てきたのをまず取ってから
ストッパーを押して抜けるタイプ。
地下鉄でいきなり中環(セントラル)へ直通(^_^;
赤のツェンワン線で駅が三つ。
最後の路線はトンネルになって湾を潜るのだが、
あまり変った印象は無かった。
(バスで行く地下道はドラマの場面になってた(^_^;)
十分少々で到着して地上に戻れば高層ビルの中(^_^;
中環(セントラル)*************************************************************
世界規模の金融機関や企業の入っている高層ビルが林立し、ビジネスマンが闊歩する。
坂の街のあちこちには骨董品や雑貨の店が並び、ランカイフォンやSOHOといった
おしゃれなスポットもある。
***************************************************************************
…という街らしい(^_^;
それにしてもすっげー高層建築。
自分の場所を見失う(^_^;
そんでも工事現場の補強材はやっぱり竹製(^_^;
なんでかなぁ(^_^;
ここでも一応マップに従おうかと思いつつも…(^_^;
いきなり道を反れまして、ゴールのはずの『蘭桂坊』ランカイフォンへ(^_^;
こういう迷路みたいな町はぐるぐる巡るのが楽しいからな(^_^;
セントラルの原宿みたいな場所らしいのだが、
殆ど店が閉まってて、良く分かりませんでした(^_^;
そのまま、『荷李活道』ハリウッドロードを西へ向かって蛇行する。
この辺は、かつて英国軍隊がバラックを設営して海から設営地まで
物資を運ぶ為に作られたらしい。
程なく香港警察署の前を通過…(^_^;
この正面近くにある細い道が『体典乍街』ポッティンジャーストリート。
で、もうちょっと先にあるのが、有名な巨大エスカレータ、
『ミッドレベルエスカレータ』
だがどっちも閑散…しかもエレベータは十時まで下りのみ(^_^;
では、まず下をぐるぐると巡ろうと、更に動き出す。
流石に島だけあって、町は駅を過ぎるとすぐに、
東西方向には傾斜が無いが、南北方向には急勾配の坂になっていて
『荷李活道』から反れるたびに、上ったり下りたりと忙しい(^_^;
しかも、道に覆いかぶさるように南方系の植物が張り出している…(^_^;
わき道に入ると見えるのは…屋台と高層ビルのコントラスト(^_^;
いかにも中国らしい光景だなぁ(^_^)
もっとも、俺的には下の方が好きなんだけどね(^_^;
更にしばらく行くと『文武廟』マンモーミュウに到着(^_^;
ここは香港最古の道教の寺。
文武の神が祭られているらしいが、誰がいたのか分からなかった。
渦巻き型の線香が無数に頭上から吊り下がっている。
道教は起源前三、四世紀に生まれた、中国唯一の宗教で、
陰と陽との基本原理で宇宙を解き明かす高度な哲学、
仙人や不老不死を目指す中国錬金術、占いや魔除け、
病気を直し望みを叶える祈祷等、凡ゆるものが東洋的な調和を保って存在している。
その中には、深遠な教えとあからさまな欲望が存共存する。
まさに道教の中に中国があると言えるかも知れない。
不老不死を研究していた道教のバイブルとも言えるのが、
『淮南子(えなんじ)』と呼ばれる本である。
これは、漢の時代、淮南の王で自ら錬金術を研究していた劉安という
人物の書いた本である。
残念ながら彼も不老不死の薬を手にいれることは出来なかったが、
言い伝えによるとその研究の最中に豆腐が生まれたという。
日本でも馴染みである。豆腐は大豆を煮て擂り潰し、
沈殿物を固めたものだが、豆腐を固めるためにはニガリ等の薬品が欠かせない。
錬金術士や医師達が使っていた薬品が豆腐を産み出したんだとか。
道教では死者に太陽や月の光が当たると動き回って生者を襲う、
恐ろしいキョンシーになると考えられている。
そのために、窓のない部屋に仏様を安置しておくのである。
そして葬式の際に、死者が迷わずあの世に行くように道を教えることが導士の重要な務め。
道教の不老不死の研究の過程で生まれてきたのが、日本でも有名な「気功」。
功は道教が不老不死を追及する過程で出来てきた健康法である。
まあ、『仙道』とも切り離せないし、そのまま『武術』とつながったりする。
つまり、『生きる』ということが素直な宗教だったりするわけだ(^_^;
廟内は線香の煙で霞んでいたりする…(^_^;
信心深いおばさんが平伏して一心に祈っていたりする右の部屋は
とても邪魔できる雰囲気ではなかったが、左の部屋は
結構気軽な雰囲気があった。
中には無料の線香があり、三本ワンセットで
刺して祈りを捧げる。
『家内安全無病息災』(^_^;
シンプルな祈りを捧げ、ぞろぞろと日本人観光客軍団が搭乗したあたりで
早々に脱出したのでした。
更に進むと…『荷李活道公園』に到着(^_^;
園内は老人の憩いの場となっていたりする。
この辺から港までが、*********上環(ションワン)*******************
中国からの移住者が最初に住み着き、早くから開けた地域。
漢方薬店、乾物店が多く、ハリウッド・ロードは中国製の磁器や
工芸品が並ぶ有名な骨董街。ハンコの専門店が集まる横丁もある。
******************************************************************
まあ…殆ど閉まっていたりする(^_^;
それにしても本当にお茶が売ってない…
漢方薬の店は沢山あるんだけどなぁ(^_^;
骨董屋も並んでいるのだが、高級そうな場所にはなかなか入れない。
入口でおっちゃんが意味有りげな笑みを見せてくれないと(^_^;
ゆったりとした庭園に太極図があったりした…(^_^;
その上は、健康のためのつぼ突付き石(^_^;
乗ってみたが、台湾ほど痛くは無かったぞ。
でもまあ、五分でリタイアしたが(^_^;
園内の門というか壁には文字が刻まれている…(^_^;
もうひとつの庭園内の門には『勝入』裏には『悦心』とあった。
言葉に惹かれてくぐっては見たが…効果あっタンかな?(^_^;
イベント場所的には、この辺で打ち止めっぽかったので、
Uターンして、『キャットストリート』を目指す。
途中で飯屋も探してみたが、この辺にいい店は見つからなかった。
途中の肉屋に行列が出来てたのだが…断念(^_^;
そうこうしているうちにキャットストリートに到着。
150メートルほどの短い通りに骨董品や小物を売る屋台が軒を
連ねているここがそう。
真贋のほどの分からないグッズばかりだが、お宝が
眠っている可能性もあるんだとか…(^_^;
おお!(^_^;
まだ時間的に早いのか…とっても静か(^_^;
茶器を覗いて見たのだが、そりゃまあ埃まみれ(^_^;
太極図の模様の入った茶壺(急須)もあったんだが…意外に高かった。
値切る交渉をする気にもならんかったが…(^_^;
飾りのついたのを見せて「コウ、コウ」という。
十二支の戌だが天狗の狗と書いて犬の意味。これがコウ。
別なのを差して「ニュウ」と言う。これは牛。
他にも十二支の飾りがあると言って見せるのだが、
「模様は要らないからシンプルでスマートなフォルムで焼きが深いのがいいのだ!」
と、北京語で言い切れず英語で言ったが…通じてなかった…かな(^_^;
文武廟のところまで戻ったあたりの坂を上ると公園とかあるらしいので
テクテクと上ってみる。が、到着はしたものの大したものではなかった(^_^;
公園も子供の遊び場みたいなもので『庭園』ではなかったのでした(^_^;
それにしても長方形な建物…どうみても不安定(^_^;
公園に隣接した博物館にも入ろうかなぁとか思ったけどなんとなく
通り過ぎてしまったりした(^_^;
さて、時間もそろそろ良かろうと(十時半くらいかな?)
ミッドレベルエレベータへと向かって歩き始める。
まあ、そんなに距離があるわけではないのだが…(^_^;
ふと気付けば店の前に小さな祠が並ぶ(^_^;
道教の祠なんだろうか?
中には小さな火が灯っている。
なんとなく不思議な雰囲気(^_^)
到着して、早速エスカレータに搭乗(^_^;
これはセントラルからミッドレベルズまでの坂に沿った
全長八〇〇メートルのエスカレータ。
予定通り(?)昇りになってはいるのだが、
本当に細いエスカレータで、これがまた
ガタゴトをゆっくり昇って行く(^_^;
途中何度も、修理・整備中の場所もあった。
外の風景は至って普通の裏町…踊り場(?)で曲がって更に上る(^_^;
このミッドレベルエレベータの途中には
『SOHO』地区と呼ばれる場所がある。
『第二のランカイフォン』とも呼ばれる、
多国籍なレストラン、バー、デザイナーの店、雑貨屋などがあり
外人の観光客が寛いでいたりしたが…
あっさり通過(^_^;
どのくらい乗ってたのか忘れたけど、
終点はとってもあっさりしていた(^_^;
テクテクと東へ進む(^_^;
振り返れば、背後は南国の密林な感じ。
この辺から西へ進むと植物園的な場所を通過して、
香港公園に到着しそのまま太平山行きのトラムに乗れるはずなのだが…
結構高低差を勘違いしたらしい(^_^;
気付けば表示が…
まだ山頂までは途中だという表示…友人はここで挫折(^_^;
ビクトリアピークまで残り三十分歩きということで、俺はふらふらと昇り、
友人は昼飯を食ってからトラムを使って登り、
一時間後に頂上でという事にした(^_^;
さて、この辺はハイキングコースなのか、
ジョギングをしている人も多い。
すれ違う人を捕まえては道を尋ねて語学研修(^_^;
まるで南国の密林の中のような場所を蛇行する道を更に行く(^_^;
気付けば途中でメンテナンス専用の道にはいったらしい(^_^;
行き止まりの道を何度も行ったり来たり(^_^;
更に坂を無理やり上ろうとして挫折したり(^_^;
諦めて戻って改めて登って行くとやっと見晴らしのいい場所に出る(^_^)
百万ドルの夜景になるはずの絶景が登場(^_^;
残念ながら霧に包まれている…(ToT)
まあ、雨じゃないからなぁ…でも朝は晴れそうだったのに。
つーか、この時点で既に汗だくで、殆どTシャツ状態(^_^;
曲がり角だったこの場所で腰掛けている人が沢山いて
ふと気付くと、登り際に道を譲ってくれた人がいた。
軽く会釈して、道を間違ってしまってと苦笑いを見せると、
話を合わせてくれて、しばし談笑(^_^)
旅はこうじゃなくっちゃ(^_^)
ニュージーランド行きのドイツ人だとのことで、
飛行機の乗り換えの半日をとってもラフな姿で
過ごしているらしい。
良く使うのか、ここはいつも霧ばかりだと教えてくれた。
日本人だというと、一人でふらふらしているなんて珍しい、
日本人らしくないねと言われたけど、まあ、その通り(^_^;
数珠なりになって歩くのは好きじゃない。
巨大なビルの高さが一二〇階だと教えてくれたりと
談笑を続けつつ一緒になって坂道を上り始める。
友人はトラムを使って上がって来て、上で待ち合わせだというと、
「早い事がいいことばかりじゃないさ」とナイスなコメント(^_^)
再度、獅子台からの眺望はこんな感じ(^_^)V
ここはちゃんとした展望台で、楼があって、
説明も書いたりしてある。
ここまで来るとほぼトラムの頂上駅。
友人を探す私は、彼とここで別れてしばし周囲を巡ったり、
建物の中をうろついたり(^_^;
やっぱり竹を作業第に工事している頂上駅(^_^;
まあ、そう言う突っ込みどころが満載なのが
中国人なのかも知れない(^_^;
かの有名なロボット『先行者』のように(^_^;
建物の中はデパート状態で食い物とかも高そう(^_^;
取り合えず、やっと見つけたお茶など土産を少々購入(^_^;
土産物に間違ったカタカナで、
「キネソヒソ」 とか書いてあるあたりがさらに笑える(^_^;
このつめきり他にある模様は「金紫荊:バウヒニア」?(^_^;
中国の国花は牡丹か梅かを2008年まで論争しているらしいが、
この鮮やかな蘭に似た花びらと先端が二つに割れたハート型の葉を持つ
バウヒニア(Bauhinia blakeana)は、何世紀にも渡って香港を彩ってきたらしい。
1997年に香港が中国に返還された際、この花は新しく生れた香港特別行政区の
市の紋章のデザインに採用。
03年まで香港総督を務め、植物学を強く推進したことでも知られる
ヘンリー・ブレーク卿にちなんで名付けられたんだとか。
ちなみにスーパーもあって日本のカップ麺が並ぶ(^_^;
実際に買ったのは、コーラとオレオだったりした(^_^;
俺的には店員の食べている弁当が食いたかったのだが、
どこで売っているのかさっぱり分からんかった(^_^;
で、その辺に腰掛けて軽食(?)を取りながら友人を待つ。
一時間半も経って来ないので歩き始めたら、いた(^_^;
頂上公園まで俺が辿り着かなくて途中でUターンしてしまったらしい。
取り合えず、頂上公園まで行ってみたいので、
下で待ってもらって、戻ったら山頂を巡るハイキングコースを
歩こうと伝えて、頂上を目指す。
それにして、とっても不親切な山頂公園までの案内(^_^;
そこら中に公園があるので間違えやすいし、
案内も無い…だから壁にスプレーなんかな?(^_^;
到着したものの…やけに閑散(^_^;
しかもやたらめったにパトカーが往復する。
なんか…やばい場所なの…?ここ…(^_^;
取り合えず見晴らし台の奥へ。
やや狭い範囲の海を臨む眺望(^_^;
悪くはないのだけどね(^_^;
友人が待っているので、さっさと戻ることに。
やや違ったルートを辿って(^_^;
それにしても凄まじくエリアを確保出来そうなアンテナの設置場所(^_^;
こーんな街を見下ろす場所になんかアンテナ立てたら
間違いなく香港島どころか、九龍半島までエリアだな(^_^;
鉄条網がガードしているあたりはお国柄だろうか。
道々通り過ぎていた公園の中を通過(^_^;
途中最低のは、ツツジかなぁと思ったけど、
バウヒニウムだったのかも知れない(^_^;
よく分からなかったから。
でも花は原色系の奇麗なショッキングピンクのものもあった。
さて…そして駅の前に戻ると…
また友人が見つからない…(^_^;
待つこと十五分。
諦めかけたところに戻ってきたと思ったら…
ハイキングコース廻ってきたぁ?(^_^;
意志の疎通が悪い今回。
とりあえず俺はハイキングコースを、
友人は先に下って、セントラルを巡ることに、
二時間後に中環(セントラル)の駅のC出口で、
駄目だったら更に二時間後に尖沙咀(チムサアチョイ)の
A出口ということにして別れる(^_^;
そして、太平山頂上をぐるっと囲む散策コースを一人行く(^_^;
所々に表示があって、色々と書いてある。
日本語、中国語、英語、ドイツ語で(^_^;
太平山って名前も、もともとここ根城にしていた海賊を
一掃した時に、平和になったということでついた
名前らしい。
右手に湾を見ながら三キロ三十分ほどの道
この道は見た通り『ルガードロード』と言うのだが、
これも将軍かなんかの名前だったよーな?(^_^;
写真より結構人が多く、すれ違ったりもする。
まあ、iPodnanoでARIAとか聞きながらのんびりと歩く。
香港の地形と霧の関係などが説明されていたりする(^_^)
まあ、ドイツ人が言っていたように、常日ごろから
霧に包まれた『海賊向けの』場所なんだろう(^_^;
つくづく『一〇〇万ドルの夜景』って希有な写真なんじゃないだろうか?(^_^;
などと思いつつ、更に歩くと…
そして香港島をやや斜めに見る絶景ポイント
視界一杯で街が終わりなのだから、大きくは無いだろう。
ここで世界レベルの金融が動いているっていうのが
いまいち信じられない(^_^;
それにしても、ドミノ倒しになったどうすんだろう…このビル(^_^;
地震や台風が無いわけでは無かろうに…
巨大なビルがこっち向きに倒れてきたら、そらもう香港島は
壊滅的なじょーたいになるのではなかろーか?(^_^;
半分を過ぎて九龍半島とは反対側へ(^_^;
こっち側はあまり風光明媚では無いのだが、この反対側部分が
『香港仔:アバディーン』で、そこにかの有名な海上海鮮レストラン
『ジャンボキングダム』がある。04年にリニューアルされて、庶民的な料理から
ワンランク上までの食事が楽しめるらしい。
そういやコーラとオレオだけで腹減ったなぁ…(^_^;
帰りはピークトラムを使ってみる(^_^;
往復だと30HK(四五〇円)、片道だと20HK(三〇〇円)の乗り物で、
十五分おきに運行しているのだが、下りはともかく、
登りはとっても混雑してて、ぜーんぜん乗れませんので
時間には余裕を見るのが吉(^_^;
実際十五分くらい乗っていたと思うのだが、三〇度は越えようかという
急な傾斜を、イスに座って背中から落ちて行く感じ。
高さもさることながら…これを全部歩いて登ったんだから
疲れるわけだ(^_^;
麓の駅は香港公園の目の前(^_^;
勿論、普通とは逆のコースですが…はい(^_^;
この辺はもう既に『金鐘:アドミラルティ』
中環と並ぶオフィスビル街で、パシフィックプレイスなどの
一大ショッピングモールや高層ホテル群の林立する地区。
なんだが、とりあえずは公園へ。
早速、展望台のごとき棟に登ってみる(^_^;
ここは一九九一年開園の公園で、五〇〇種類以上の植物を集めた巨大な温室や
一〇〇種類以上の鳥を放し飼いにした鳥類飼育館もある。
公園内は高低差をうまく利用。不思議な形のビルも見えた(^_^;
緑の多い園内(^_^;
イベントっぽいのも行われていた(^_^;
そしてその奥に入ってみるとそこには『茶器美術館』…そして!!!
時大彬の茶壷!!!!!(>_<)
初めて本物見た!!こういう作品なんだ。(>_<)
現在の宜興紫砂(中国の茶器を作るのに最適の土のこと)の基本は
明の天才「時大彬」によって確立されたといって良いといわれている。
■タタラ作りという技法
■筋紋型という器型のデザイン
■調砂(日本では鴨皮泥)とよぶ,紫砂の中に大きめの粒を淹れる技法
■文人趣味,壺名・作者落款
など,現在の茶壺のベースになっている技術は彼が最初に生み出した。
その後,200年間彼を越えるか肩を並べるという作家はあまり多ない。
それほどまでに完成された作品を残していて、明末から清初にはすでに
コピー品が出回っていたほど。上の作品は開光方壺、供春龍帯壺で、
その右には玉蘭花六弁壺があったが…
虚偏タイプが好きなのでそれも見たかった!(>_<)
彼は明万歴年間の人で,明の大家「時鵬」の子で,号は「少山」。
清朝の粉彩の壺が2億円というのに比べれば,価格は安いが実に気品があり,
欠点のつけようがない全くすばらしいものでした。
倣古品が大量に作られているらしく、上海あたりでは時大彬の倣古で
よくできたものなら800元(約1万円)くらいする。
煎茶家の間では,昔から具輪玉,萬豊順記,三友居というのが
上手の茶壺の代名詞となっているが、時大彬の落款は浮玉居 墨林堂
源遠堂 叢桂山館 三友居 天香閣 大寧堂とあるので、見分けるのも大変(^_^;
隣接している売店には、かなり品が並んでたりしましたが、
屋台と違って流石に高品質。名人の作品と呼ばれるの物は流石に手が出ないし、
ちょっといーなーとか思っても五千円とかで…断念
でも…買ってくればよかったかなぁ(ToT)
セントラルに戻ったものの待ち合わせに十分遅刻(^_^;
友人はいませんでした(^_^;
そんでも、それから更に十分ほど待ってみて、やっぱり来ないので
少々その辺を散策。陽は暮れ始めて街には明りが点り始めるのでし(^_^;
そして、輝く日本のチェーン店(^_^;と、なんとブレゲの時計(>_<)
「アブラアン・ルイ・ブレゲ」とは(^_^;
「時計の進化を 2 世紀早めた男」と賞賛される程の人物。そしてその男創業のブランド。
ブレゲが発明したトゥールビヨン、自動巻き、ミニッツ・リピーター、永久カレンダーの機構は、
現在も時計・腕時計技術の基本。現在の時計・腕時計の発展はブレゲの発明のおかげとも言える。
1775 年。スイス出身の時計技術師「アブラアン・ルイ・ブレゲ」がフランス・パリ
シテ島で創業したのが始まりです。 ブレゲが活躍した当時、時計の主流は懐中時計であり、
あまりの高価さゆえに時計を持つことができたのは王族や貴族などの極一部の上流階級の人々だけで。
そして時計は正確な時間を知るための道具としてではなく、あくまでも装飾品でしかなかったのです。
『マリー・アントワネット』が再三度外視で作らせた時計はつとに有名。
盗まれてしまったけどね(ToT)
値段が全然書いてないショーウィンドーだったんだけど、
こーゆーの買う人は金額なんて気にしないんだろうなぁ(^_^;
などと思いつつ、小雨の降り始めた街を波止場方面へと向かう。
波止場の近くの公園には若者がいっぱい(^_^;
この辺は日本と変らない。
左の有名にして奇妙な形状の建築物は『中国銀行』
風水を考慮してこんな形に建設されたらしい。
三角形を積み重ねた形は竹の成長を意味しているんだとか。
通りを渡り、トンネルを潜って上がるとそこでチケットを購入(^_^)
いよいよ、『スターフェリー』に搭乗(^_^)
二階建だけど一階へ。ちなみに入口は別々だし、
値段も違って、一階は1.7HK(20円!!)、二階は2.2HK(30円!!)
とっても低価格(^_^)
そして、よく映画に登場するようなシーンなんだが…
iPodnanoに『遠いこの街で』入れてくるの忘れた(ToT)
八分間のショートクルージング。曇り空が残念(^_^)
イルカには出会えなかったな(^_^;
昔ながらの船も走っていたり、イベントセンターが見えたり、
イスは背もたれが移動できるタイプで、どっち向きにでも
座ることが出来る。
コンベンションセンターとかは行かなかったなぁ
雨の波止場へ到着。上ってきた太平山頂も霞の中(^_^;
天気が良ければ近くの公園をゆるりと巡りたかったのだが、
雨だし、時間も遅くなったので、断念。
友人との待ち合わせまで三十分以上あるから大丈夫だろうから
ちょっとホテルやショッピングモールを見て回る。
この辺から駅までが夕方の目的地『尖沙咀(チムサアチョイ)』(^_^)
尖沙咀(チムサアチョイ)******************************************
「黄金の一マイル」と呼ばれるネーザンロードを中心とした香港いちの繁華街。
高級ホテルやショッピング・モールが林立する表通りから一歩入れば、
裏路地には香港庶民の生活が垣間見える。
********************************************************************
波止場に直結したデパートを通過(^_^)
日本のラーメンやら鮨やら、とにかくやたらと日本食材が多い。
カップラーメンにカレー、殆ど何でもあるし、
冷凍ホタテまで日本製(^_^;
中華な食材は見る影もない…ということで、夕食も食べたくなったので移動開始。
夕暮れの九龍公園にふと立ち寄る(^_^)
時間もあったのだが、なんかイベントをやっていそうな雰囲気があって
ついつい誘われて中へ。まあ明日でもいいかなと思ったけど、
城塞公園に行きたいし、夜のイベントはこれが見納めだろうから(^_^;
実は上の池に浮かんだ人形は『牽牛と織り姫』だった。
季節が違うように思うが、詳細は不明(^_^;
もっとも中国の七夕は日本のバレンタインみたいなイベントに
なってしまっていると聞くけどね(^_^;
園内は中華庭園もあるし、滝もある(^_^)
暗くなってきた園内だったが、結構人は賑わっていた(^_^;
もっとも園内の施設は平日六時くらいまでには閉まってしまうようだったが(^_^;
奥の方へ行くと、なんといったらいいのか、屋根のある長いす?
壁際が一連そーいった感じになっていて、そこで座ったり、
立ったりしながら、太極拳の基本の姿勢とかで気を練っている人がいたりした
結構そのまま、ずーっとしている辺りがすごい。
奥の広場?ではバグパイプを鳴らした演奏のイベントもあった(^_^)
催し物の広場だと思うのだが、なんか音楽隊の行進とかしていて
中華的な音楽じゃないなぁとか思ったらバグパイプだった。
結局なんのイベントだったかは分からずじまい(^_^;
右の建物は『九龍公園』の端にある『清真寺』。
ちらと窓から覗いたら熱心にお祈りしていてしかも厳か。
近くにはイスラム系の人々が沢山いるモスク。
見学は出来るが、観光で入れるような場所ではない…(^_^;
夕暮れになってますます賑わう交差点…(^_^;
この界隈は繁華街。
勿論わき道に入れば下町的な風景が幾らでもある。
ここで友人と再度待ち合わせ。A出口と言ったものの、
A1とA2があった(^_^; 少々近くを歩いて真面目そうな料理店を探してから
人通りの少ないA2の交差点の角に立って、向かいのA1を見ながら待つこと、
-5〜+15分…
…みつかんね(ToT)
なんかとってもすれ違い(^_^;
地下道でつながっているのでそこを往復もしてみたが、
どーしても見つからない。
つーことで、先ほどの交差点近くの飯屋へ。
一応、ここからもA2は見ることが出来る(^_^;
注文したのは『牛丸黒丸麺』…つまり肉団子とイカ団子(^_^)
メニューをじーと見ていたのだが良く分からなくて、
分かりやすいものをたのんだが、隣の席のお姉ちゃんの食べてた
ボリュームたっぷりのおそらく『焼鶏飯』もそそられた(^_^;
メニューの脇にはなぞの記号が…(^_^;
値段らしいことは分かるのだが…十元?(^_^;
まあ大したことなかろうと思ったら値段は十八元…
つまりはそーゆー意味の記号らしいのだが…何語?(^_^;
食事は満足。昨日のが塩味ならこっちはややしょうゆ味?
濃い目でこっちの方が良かったでした(^_^;
さて、小雨の町に輝く無数のイルミネーションの中を移動(^_^)
結構風が吹いて、看板はガタガタと揺れているものの
人ごみはそのまま(^_^;
デパートの地下にみやげ物を探して入ってみたが、
バイキングがあるくらい…坦々麺もあったかな?(^_^;
SOGOとかに行かないと一般品の購入は難しいらしい。
さっきの湾岸のデパートに戻るのもなんだし(^_^;
そのまま、ホテル方面へぶらぶらと歩く。
途中スタバにも入ってみたが、値段は日本並みでした(^_^;
さて、さらに男人街などを通過して、色々物色し、
ホテルに戻って茶を飲んでいると、友人が戻ってきて…
『戻ってるよ…』(-_-;
どうもずっと尖沙咀(チムサアチョイ)で待っていたらしい…
そこまで意思の疎通がなかったらしい…いや参った(^_^;
夕飯も食ってないということで再度外出。
何故か香港なのに『正宗台湾牛肉麺』と『牛肉飯』(^_^;
香港にいても『台湾』の文字に引かれるらしい。
とりあえずおいしく頂きました(^_^)
こちらの麺は、まあ…うどん…みたいな感じかな?
友人は粉麺よりもこっちがお気に入りらしい(^_^;
さてまたしても『男人街』を通過してホテルに戻ることにして
またしても物色(^_^;
なかなか望みのものが見つからないのだった。
ここでブレゲのムーンフェーズを探すのは無理か(^_^;
そりゃそーなのでこんなのに着目(^_^;
見かけだけは立派だった。
値段は65元(975円)とか書いてあるので、早速値切る。
高いというと、60元ならという。
端数を出せ、58元ならオッケーだというと…
『分かった…50元(750円)』…はい?(^_^;
何が分かったんだか…もっと叩けばよかったかな?(^_^;
まあそんな感じで目的のものを購入。
帰り道ビールを購入し、ホテルに戻って一杯(^_^)
早くも明日でこのリフレッシュも終わり…(ToT)
なるべくそんな事を考えないよーにして寝たのでした(^_^;
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