タロック ウント ベゲーグネン
序 章   占い と 出会い


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[ 風の心 ] or NEXT STORYor GRAPHIC(挿し絵)

  「ええーっ!どうして?どうして分かるの?」

  「ちょっと、桜紋(しもん)姉さん声が大きいわ…」



   二人の声は狭い空間に元気良く響き渡った。その玲瓏(れいろう)玉の如き

  と言うには、元気があり過ぎるが、心地好い声が吹き抜け、おとなしい声が

  それをたしなめる。

   声が駆け抜けたのは、筒状になった胴体を持つ空間、飛行機の客室である。

   ドイツに向かう旅客機の一部の座席に、少々機体のバランスが不安になる

  ほど人が集まっている。

   その中心は、望まれるままに占いをする一人の女性と、数人の少年少女で

  あった。

   年上の女性の手元を覗き込んでいた顔を、勢い良く跳ね上げて、やや先端の

  カールした長い黒髪を桜紋(しもん)は揺らした。咄嗟に姉をたしなめめながらも、

  ショートカットの翠美(すみ)の黒曜石の瞳は溢れる好奇心の光彩を、不思議なカード

  の動きに注ぎ続けている。

  ナイン・カード・スプレッド。十字に並べられたカードとその右に並ぶ縦の四枚が、

  二人の過去を語っていた。

   その女性、美月(みつき)は、二人に金糸の弦を弾くような澄んだ優しい声を返した。

  

  「だから、何となくそんな気がするだけですよ」

  

   言いながら、美月はしなやかな指先で広げたタロットカードをまとめ、

  にこやかに微笑む。やや細めの優しげな瞳が印象的に少女達には思えた。

  リボンでひとまとめにして、肩に流している癖のない黒絹の髪が、

  さらりと流れる。青いペンダントが優しい光をでその胸元を飾っている。

  

  「こんなに当たる占いって初めて見たわ」

  

   そう、少女は互いを見つめ合う。髪形を除けば差異の見つからない程に

  等しい顔だちであり、大きく愛らしい瞳と、やや高めの鼻が印象的である。

  ただ、瞳に写る輝きが、二人の個性を色付けていた。

   長い髪の少女、桜紋は、襟元と袖の所に小さな青いリボンのついた薄い黄色

  のブラウスに、クリーム色のベストをつけ、茶系のゆったりしたズボンを

  履いている。活発な彼女らしい服装である。一方翠美の方は、髪をカチューシャ

  で止め、白い大きな襟元と、大きなリボンが印象的な深緑のワンピース姿で、

  やや線の細い趣である。

  

  「ね、翠美(すみ)、貴方も何か占ってもらったら…いつも悩んでる

  事とか…」

  

   すいっと、ショートカットの少女の瞳を悪戯っぽく覗き込みながら桜紋は

  訊ねる。

  

  「…え!…でも、その…」

  「そうだよなぁ。苦労してるもんな。妙に勘のいい桜紋ちゃんは悩みなんて

  無いけどなぁ…」

  「何か言った?」

  

   二人の上から覗き込む様に、少年とは言い難い大柄な少年が二人の間に

  顔を出した。紺のブレザーにネクタイを絞めた姿が様になっているが、

  表情はまだあどけなさが残る。人懐こいややたれた瞳、長めのふっくらとした

  顔だちで、癖のある柔らかい髪を短く切っている。

  

  「剛(つよし)君まで…」

  

   そう言って翠美は、視線を剛を通り越して、その背後の少年へと向けた。

   やや固めの黒髪の小柄な少年は、騒ぎに加わらず、シートの上で胡座を組み

  機外へと視線を写しながら熱心にスケッチブックにペンを走らせていた。

  白いシャツにジーンズという軽快な姿に似合わず、少年はスケッチブックを

  手放すことは無かった。その愛用しているブックには、いまは、見事な都市の

  俯瞰図(ふかんず)が描かれている。

   少女の表情の変化から、その問い掛けの内容を読み取った美月はクスリと

  微笑むと声をかけた。

   白のブラウスに、淡い水色のジャケットと膝丈のフレアスカートという服装

  であるが、年よりも落ち着いた雰囲気の中に、時折見せる少女の様な素朴な

  印象を持つ彼女には、そんな微笑みが似合った。

  

  「占いましょうか?でも、良い結果が出るとは限らないわよ?」

  「…」

  

   その言葉に、翠美は言葉を詰まらせる。問い掛けの内容は勿論、

  占いの良く当たることに集まった人々の中で、注目を集めている事が

  恥ずかしく、頬を染めたまま、黙ってしまう。

  

  「…また今度…お願いします」

  「ええ、いつでもどうぞ」

  

   そう言って美月は再び微笑んだ。

  

  「…あの、皆さん宜しいですか?そろそろ到着しますので、席に

  戻ってください」

  

   その声に、一同はそれぞれの席に戻っていく。

   一同に注意を促して来たのは、スチュワーデスではなく、グレイのスーツに

  身を包み、髪を七三に分け、四角い顔に黒縁眼鏡をかけた男であった。今回の

  「ドイツ古城ツアー」のツアコンである。田村 弘。少々髪の生え際が気になる

  四二才である。引率業務に通暁(つうぎょう)し、腰が低く堅実で真面目で、

  今までの参加者の評価は高い。小心翼々(しょうしんよくよく)たる所も

  あるが、無難な線を外すことな日本人のツアーとしてはそれで充分であった。

   同行の茶色の長い髪とキンキンと響く声にグラマラスな肢体が印象的な女性の

  ツアコンは、自分の席で現在夢の世界の住人である。

   別にそれをとがめるわけにはいかない。

   日本とドイツのフランクフルトとを結ぶこの直行便でも所要時間は一二時間。

  昼過ぎに日本を出発した人には休息が必要な時間であった。事実、騒ぎの

  渦中の女性の後の席では、騒ぎをものともせず、顔に本を載せた、癖のある

  長髪の青年が、低いいびきを立てていた。

   通常時差ぼけは、西から東に移動するほうが重いと言われているが、

  一応気遣って配られた藥、トリアゾラムと言う人間の日周リズムを司る

  視交差上核に作用して、これを緩和する薬も、少年少女にとってポケットの

  中で踊る小物の一つに過ぎなかった。

   この元気過ぎる少年少女が、今回のツアーで、田村が頭を悩ませる

  原因であった。原因であった。

  

  「剛さん達も、席に戻ってくださいね」

  「はーい」

  

   彼等の返事の内容に問題はない。返事以外の部分に問題があるのである。

   それ以上は何も言わずに、田村はにこやかに席に戻った。ここで、余計な

  事を言って点数を下げる必要もない。良きにつけ、悪しきにつけ、

  彼等は今回の最重要人物である。

   剛は、通路を越えて少年の隣の席に戻た。 桜紋と翠美は、元々彼女達の

  指定席である女性の隣腰を下ろす。

   少女達に、美月の方が声をかけた。その指はまだタロットカードを

  もてあそんでいる。

  

  「ツアコンの方と親しそうね?お知り合い?」

  

   問い掛けに、翠美は頷き、桜紋が声にして答えた。

  

  「そ、剛の父さんが旅行会社の社長なの。私達も顔見知りってわけ。

  と、そう言えば私、まだ自己紹介もしてなかったわね、私は桜紋、

  園 桜紋(あまね しもん)。こっちは妹の翠美(すみ)。現在中学二年生。

  見ての通り双子なんです」

  

   姉の紹介に、翠美は軽く会釈して、挨拶をした。

  

  「さっきいた大きいのは、倉田 剛(くらた つよし)で、向こうでひたすら

  絵を描いているのが羽山 望(はやま のぞむ)。学年は同じ。私達四人は、

  ま、幼なじみ以上って関係。今のところはね」

  

   そう、桜紋は端的に一同を紹介した。

  

  「私は、美月(みつき)、神谷 美月(かみや みつき)。現在大学三年生。

  一週間のツアーの間よろしくね、桜紋ちゃん」

  

   その、言葉に桜紋は可愛らしい眉を不満の形に曲げる。

  

  「美月さん、私、ちゃんで呼ばれるのあまり好きじゃないの。剛の奴は、

  ちょっと早く生まれたからって、何度言ってもあの呼び方変えないけど…、

  桜紋って呼んで貰えると嬉しいんだけど」

  

   美月はちょっと頬に指を添えて悩むと、一つ提案をした。

  

  「じゃ、さん付けにしましょう。これでいいかしら、桜紋さん、翠美さん」

  「…ちょっとくすぐったいけど、私はそっちの方がいいわ」

  「私は、どちらでも」

  「じゃ、改めてよろしくね」

  

   そういって、三人は微笑み合った。

   不意に、美月の手から、タロットカードの表面の一枚が滑り落ちた。

  何げなくそれを取り上げた美月の表情が曇る。そのカードには太陽と月そして、

  運命の輪とそれを貫く剣が描かれていた。

  

  「…横向きの

    LA LUOTA della FORTUNA

  (ラ・ルオタ・デラ・フォルチュナ)

  …運命の変遷の暗示…兆しが不明?…まさかね…」

  

   女性同士が意気投合している一方で、席に戻った剛は、

  未だペンを止めることのない望に声をかけた。

  

  「おーい、望」

  「うん」

  「あの綺麗な人のタロットの占い、本当によく当たるぞ」

  「うん」

  「翠美ちゃんが、そのうち占って欲しいことが有るって言ってたぞ」

  「うん」

  「旅行の間、少しは翠美ちゃんに普段の借りを返しとけよ」

  「うん」

  「…」

  

   彼の幼なじみは、こういう少年であった。熱中すると周りの事が目に

  入らないのである。

   絵を描くだけあって、非常に観察力はあるのだが、それが他の事に

  転化することは全くと言って良いほど無い。

   描かせれば、微妙な髪の癖まで描くのに、髪形を変えた桜紋や翠美を

  誉めた記憶など剛には無かった。

   剛は黙って、描き終わるのを待つことにした。





      そんな中、機内正面のモニタではドイツ語で、一日前の事件が報道

  されていたが、気に止めるものはいなかった。女性のアナウンサーの

  言葉は続いていた。

  

  

  「…では、突然の大竜巻により、付近の森林が大きく抉られました。

  幸い、周囲に民家はなく、大きな被害にはなりませんでしたが、政府の

  自然擁護の森林再開発研究施設が大きな打撃を受けました。発生した

  火災が周囲の木に燃え移りましたが、強風が吹き消し、現在は鎮火しています。

  死者、行方不明者は…」

  

     


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