食い物日記 番外編
7/12 ザルツブルクとザルツカンマーグート?(^_^;
今日はたまに使う「みゅう」のツアー…少々せわしないが…リーズナブル(^^;
まずは腹ごしらえと朝食へ向かう…(^_^;
お昼ご飯を仕込んで、待ち合わせのデパートKARSTADT前に集合
ザルツブルクとザルツカンマーグート…曜日に制限あり(^_^;
リンクも付けてあるけど、情報を転写すると…
モーツァルトの街、ザルツブルクへ向かう車窓からは、
アルプスの雄大な自然やキームゼーなどをご覧いただけます
。ザルツブルクでは、ユネスコ世界遺産に指定された
旧市街とミラベル宮殿、また、モーツァルトハウス、
ホーエンザルツブルク城塞など、ご自由に散策をお楽しみ下さい。
出発:朝8時30分
集合:朝8時10分
集合場所:ミュンヘン中央駅正面のデパートKARSTADT前
解散場所:ミュンヘン中央駅正面のデパートKARSTADT前
十名からだって…大丈夫かなぁ…(^_^;
飯は含まず。
08:30 ミュンヘン中央駅正面のデパートKarstadt前 (出発)
10:00 ザルツブルク 到着
自由行動(各自ご昼食をお取り下さい。約2時間半)
14:00 ザルツブルク 出発
ザルツ・カンマーグートへ
15:00 ザンクト・ギルゲン 到着
ヴォルフガング湖をボートにてザンクト・ヴォルフガングへ
17:00 ザンクト・ヴォルフガング出発
19:30 ミュンヘン中央駅正面のデパートKarstadt前にて解散
夕飯は戻ってからね(^_^;
ツアーバスで走る走る(^_^;
道路脇の標識を撮影…iPhoneのシャッタスピードは向上しているなぁ(^_^;
そして、ザルツブルグ到着
ザルツブルクは、標高424メートルに位置し、15万人の人口を擁する。
すぐ南西側ではドイツ領土のベルヒテスガーデンに接し、高速道路で西に140キロの位置にミュンヘン、
東300キロに首都ウィーンという位置関係や、オーストリア支配下に入ったのは19世紀以降
(それまでは大司教が支配するドイツ諸邦のひとつとして、
形骸化した神聖ローマ帝位を度外視すればオーストリアとは対等独立の関係だった)
という歴史的経緯から、ウィーンにも増して、ドイツのバイエルン州との文化的関係が深い。
ザルツブルクは、モーツァルトが1756年に誕生してから25歳まで住んでいた事で、
音楽を愛する世界の人々にとっていわば巡礼地になっている。
とりわけザルツブルク音楽祭の開催される夏のシーズンはホテルはどこも満員となり、
モーツァルトの生家のあるゲトライデ通りはもともと狭いが
なおさら狭く感じられるほどの混雑となる。
当地の空港も、「ザルツブルク・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト空港」と名付けられている。
ザルツは「塩」、ブルクは「砦」の意である。
15キロほど南のバート・デュルンベルクで産出される岩塩をハライン (Hallein) 市において製塩し、
大司教から特権を与えられたラウフェン(Laufen)の船乗りたちが
ハラインからザルツァッハ川(Salzach)を通じてヨーロッパ各地に送っていた。
塩の積載量に応じた通行税をこの地の大司教が財源にしていた。
このためデュルンベルクの塩が地名の語源と誤解されている。
しかしドイツ語のザルツブルクの名が史料に初めて登場するのは
755年頃成立した『聖ボニファティウス伝』においてである。
当時のサルツブルクの司教はバイエルン公よりライヒェンハル(現ドイツ領)の
塩泉および塩釜の利益の一部を与えられ、それを布教の財源としていた。
よって地名の直接の由来となったのはライヒェンハルの塩であると考えられている。
以上
晴天の日を受ける花が奇麗だったりする(^_^;
降車場所から更に移動し、公園で一時解散(^_^;
****レジデンツ広場 [うんちく]****
レジデンツ広場(de;Residenzplatz)は、ツェントルムと呼ばれる
旧市街の中心に位置し、中央には「アトラス神の噴水」がある。
三方を大聖堂(南)、レジデンツ(西)、グロッケンシュピール(東)に囲まれた一画。
広場西側にはその名称の由来となったレジデンツ(宮殿)が建っている。
現在の宮殿は1619年に完成したもので、歴代の大司教が居住して
政治をおこなった場所であり、すべての部屋の天井にはアレクサンドロス大王の絵が描かれている。
「神童」と呼ばれた天才モーツァルトが5歳で音楽会をひらき、また、
はじめて自作のオペラを上演したところでもあり、
モーツァルトの主人であったヒエロニムス・フォン・コロレド
(Hieronymus von Colloredo, 1772年-1803年)は
ザルツブルク最後の大司教となった人物である。
まずは、ミラベル庭園目指して移動開始。それにしてもいい天気!(^_^)
庭園の入り口にはドレス姿のハープ奏者が(^_^;
ミラベル庭園、メイン全景(^_^;
****うんちく****
1606年、大司教ヴォルフ・ディートリヒが愛人ザロメ・アルトのために
建てたとされるのがミラベル宮殿(de、Schloss Mirabell)である。
ヨハン・カスパール・ツッカリ(1677年-1717年)の設計による。
1818年に火災があり、そのあと修復され、
現在はザルツブルク市長公邸として用いられている。
2階には壮麗な「マルモーア・ザール(大理石の間)」があり、
モーツァルト親子もここで演奏をおこなっている。
2階にのぼる階段は「天使の階段」と呼ばれ、1723年にラファエル・ドナーによって造られたものである。
なお、ツッカリによるザルツブルクの他の建築にはカイエターナー聖堂、
エアハルト聖堂、レジデンツ、大学旧館などがあり、
上述した旧市街のレジデンツ広場、大聖堂広場もツッカリの設計による。
ミラベル宮殿には、1690年にフィッシャー・フォン・エルラッハ(1656年-1723年)
によって設計された美しいミラベル庭園(de;Mirabellgarten)が付設されている。
庭園には、ギリシア神話の神々の彫刻がならび、「ペガサスの噴水」のまわりは、
映画『サウンド・オブ・ミュージック』でジュリー・アンドリュース演じる
マリア先生が子どもたちと一緒に「ドレミの歌」を歌い、踊ったところである。
なお、エルラッハの手によるものとしては、参事会聖堂、ヨハンネスシュピタール聖堂、
ウルズリーネン聖堂があり、後述する三位一体聖堂もエルラッハの設計によるものである。
花も奇麗だ…さすが世界遺産の庭園(^_^)
帰り道にモーツァルトの家を通りレストランを覗く…オマールエビが…(^_^)
通りチョコなど買って集合場所へ(^_^)
広場隣接の教会へ(^_^)
そういえば、不思議な楽器の演奏もしていた(^_^)
ちょっと時間があったので、高台を目指すが…
ザルツ・カンマーグートへ移動開始
多くの湖畔を通り抜けて、遂に到着(^_^)
全体的に、こんな場所なのよ…(^_^;
駐車上で降りて、『白馬亭』まで移動(^_^)
湖畔に面した有名店?屋根を走るぶどうの蔦が奇麗(^_^)
ここに再度集合
教会を訪問(写真撮影不可。ツアコン曰く、自分にとって神聖なパワースポット)
遊覧船の時間までちょっと町中を巡る(^_^;
湖畔に面したホテルと、別荘の数々…(^_^)
そして出発…刻々と変わる湖の色が奇麗!(^_^)
ボートやらジャンプ台やらもある(^_^)
そして岸壁から長距離ジャンプの若者が!…すげえ…できねえ(^_^;
そして、おばあちゃん二名が行方不明に…(^_^;
メニューはこんな感じ(^_^)
『シュバネブラーテン』!頂きます(^_^)
ごちそうさまでした!m(_ _)m
さて、明日は…『ノイシュバンシュタイン城』だっ!!(^_^)V
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