少女は海岸線の千古の遺跡へとやってきた。
夏とは言え、蒼空と陽光が地面に鮮明に影を灼きつけていた時間は過ぎ去り、
紅の太陽がその身を海に沈めようとする一瞬が少女は大好きであった。
少女の目の前で、最後の一欠片の煌めきを瞳に移し、その姿を消した途端、
名残を惜しむように通り雨が舞い降りた。
慌てて遺跡の影に隠れた少女の耳に、暫くすると澄んだ音が届いた。
しばし躊躇したが、少女は雨の中へ出てその音の源を探した。その音色以上に、
誰かを呼んでいるような寂しさが少女を誘い出したのだ。
それを望んでいたかの様に、雨は止み、別れを告げた太陽の残光を月が銀色に
ちりばめていた。
雲の中で滲んでいた輪郭を次第に露にしてゆく月と、夜空に瞬き始めた星の中、
遺跡の頂きに一人の女性が座っていた。
白い薄衣のみを纏い、長い銀色の髪は雨に濡れることなくなびき、濃藍色の瞳は
海を見つめている。
少女の耳に届いたのは、彼女の弾くアイリッシュハープの音であった。
月影となる頂きにありながら、月光を透過し、水晶を銀の鑿で彫り上げた様に
浮かび上がるその姿は少女の心に染み入った。
その姿が滲んだ。少女の瞳に涙が溢れたのだ。それとすら気付かずに。
ぽろり、と頬を滑り落ちた滴もそのままに、少女は訊ねた。
「おねえちゃんそこで何をしてるの?」
女性は、ハープを弾く手を休める事も、応えることもなかったが少女には
分かった。
『待っているの』
そう分かった。
「誰を待っているの?」
『別れた人をずっと待っているの』
「ずっと…?その人はいつ来るの?」
『分からないの』
少女にはいつ来るかも分からない人を待つということは理解出来ない事であった。
「その人が来ないの?だから哀しいの?」
『そう。幾度となく言葉を交わしながら、一番伝えたいことを、心を届ける事が
出来なかった。だから私の心の欠片もここを離れる事が出来ないの…』
「何処にいる人なの?私が連れてきてあげようか!」
少女の言葉に、初めて女性は振り返った。
少女の輝く瞳には不可能な事が在るなど考えもしない純真さが満ちていた。
女性は首を横に振った。長い髪が流れ、自らの姿に銀の紗をかける。
『ありがとう。でもそれは、私の役目…。時の果てるその先までかけても、
必ず見つけます』
「そうなの…でも、とても寂しそう」
少女の、自らの事のように沈む姿に女性は声をかけた。
『心配してくれてありがとう。でも、あなたも大人になって恋をしたらきっと
この気持が分かります』
「こい?それを知るとわたしもさびしくなるの?」
一瞬少女の顔に不安と戸惑いが揺曳した。
『いいえ。とても素敵な気持になるの。だから、大切な人にしっかりと想いを
告げることを忘れないでいてくださいね』
「うん!」
輝くような笑みを浮かべた少女の背後から、風にのって母親の少女を呼ぶ声が
届いた。
「じゃ、おねえちゃんまたね!待ってる人が来る様に神様にお祈りしてるからね!」
少女は、誓いの言葉を残すと小鳥の様に身を翻した。
少女の去った後、女性の姿もいつの間にか霞むように消えていた。
その後には通り雨の名残り、月の光を浴びた虹が淡く白い橋を、
夜空にかけていた。
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