序 章   時の流れの外側で


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[ MOON MAKER ] or NEXT STORYor GRAPHIC(挿し絵)

    銀河系と呼ばれる渦状の星雲が回転を続けるなか、何度目かの約二億五千万年が経過した。



    銀河の一年である。



    原初には時間すらあったのか定かではないが、生き物が自分の周囲の環境の変動を単位として

   計測するとそのような判断が出来る。

    直径一〇万光年、厚さ一千光年。星の数が約二千億を数えるこの島宇宙の辿ってきた時間が、

   宇宙の時間と遜色のない長さであったとしても、その中の太陽型恒星の生命は約百億年と

   有限であり、そしてその中の一つ、寿命の半分にさしかかろうとする恒星の光の恵みで

   生きる者にとってはそれすら永遠と思われる。



    銀河暦が使用されてまだ一〇五年。



    人類が大地を離れ、太陽系を越えてその第一歩を記した恒星間飛行の成功を発展の契機と信じて

   「銀河」の年号を使用してから、まだ、月日は浅い。

    人類の発展には犠牲と言う名の踏み台が必要であるかを示すように、二一世紀初頭の

   熱核反応兵器戦争「悪魔の井戸 」から地球統一政府のもと復興に約半世紀、そして

   枯渇した資源と居住圏の拡大を求め、

   外宇宙航行技術の開発に約一世紀をかけた。

    外宇宙への門番もまた貪欲な神々の使途であるかを示すような代償と犠牲とに飽食して初めて

   与えられた、転換炉や融合炉等の半永久機関、重力及び慣性制御、超高速航法技術。

    この三人の女神との誕生を経てようやくにして、太陽の軛を振り払って人類は飛び出した。

    そして、その三人の女神が美しく成長にする従って爆発的にその距離を伸ばしていった。



    人類の進出はあるいはその生命体としてのバイオリズムの一つのピークを迎えていたのかも

   しれない。

    大樹が育つように、無数の枝を生やしながらも緩やかな弧を描き変光星、赤色巨星、

   小惑星流域、連星による異常重力場などの様々な危険宙域を避けつつ銀河系の中心へと

   その幹を伸ばしていた。

    この奇妙な発展はギャラクシーロードと呼ばれた太い幹線を中心にしたものであり、古い恒星系

   へと伸び、銀河の中心バルジを目指すと言う一つの母体回帰にも似た目的がその柱となっていた。

    直線状に長く伸びた航路に点在するオアシスのような恒星系が独立した政治組織を持つ事は

   ある種の必然であった。争乱の種が無かった訳ではない。辺境の存在はそれだけであらゆる

   諍いの原因となる。

    植民地的な扱いを受容するほど、人類の先陣となり、未開の星々を開拓した人々の自負は

   小さくはなかった。



    またも多くの血が流れた。

    連続した独立紛争が一段落し、しかも起点である太陽系自体がやせ衰えた故郷から

   その政治組織の中心を移動するにいたり、三十三の恒星間国家時代へと移行する。

    惑星探査、改造、そして移民。復興と発展が並行する一連の活動の中で、五千光年に渡る

   ギャラクシーロードを四分割する星間企業体が出来上がっていった。

    最新の情報、航路における知識・情報と実運用する技術、そして惑星間輸送による膨大な利益、

   それらを基盤にした企業体の発生。それは、同時代の五人の傑出した指導者の存在が

   欠かせなかった。

    確かに、長大な航路が複数の政府に組織される事は弊害が大きかった。勝手な寄港税の設定や、

   航路間に出没する海賊などは、人々にとっては不満であったが、かといえ、恒星間にまたがった

   政府などに人々は期待よりも不安を抱くことを過去の歴史から学んでいた。

    恒星間連合は巨大過ぎる組織で、名義上抑止力として、各恒星国家に匹敵する独立した軍備を

   有していたが、基本的に調整を行うに留まり、各組織から業務をおよび技術開発を委託される

   機動性のある民間企業が台頭する下地を作った。

    一人が財閥を解体し、企業体としての権利を放棄すると共に恒星間評議会の基礎を作った。

    残る四財閥が、評議会の技術的、資金的な援助を行いつつ、各国家の利害から独立した

   運営を行って、ようやく六〇年が経過していた。

    その過程で、新たな惑星国家における指導者の育成と帝王学の指導に評議会と四財閥の五者が

   任じられたのも当然であった。

    だが、時間は人の心の痛みすらも忘却の淵へと沈めてしまう。



    故郷である地球を含む安定と言う名の停滞に埋もれつつあるガイル財閥と、もっとも銀河の

   中心に近く、危険と隣り合わせでありながら活力にあふれるフェン財閥の暗闘が外部に

   漏れる事は無かった。



    そんな人類が到達しようとしていたギャラクシーロードの先端、最も銀河の中心に位置する

   恒星系キュクロープス。



    ギリシャ神話に出てくる一つ目の巨人の名前を与えられた恒星系。

    壮年期の赤色巨星を恒星に持ち、唯一の惑星の名前も同様のものである。

    特に渦巻くアンモニアの厚い大気が赤道付近で渦を巻き、これがまた巨大な目の様に見える。

    そこには「月」があった。

    青い鉱石組成を中心とした青い「月」は巨人の瞳の零した涙、「ティア」、「ムーン・ティア」

   と呼ばれていた。

    そして、その中心では、規則的な電子の流れが幾星霜も綿々と続いていた。



     

     

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